【城・城跡7】門司城(跡)

  • 2015.01.08 Thursday
  • 19:40
2015年1月8日(木)晴れ  移動:徒歩

門司城(もじじょう)〔福岡県北九州市門司区〕

のいの助評価:★★★★☆ 星四つ


門司城跡の案内によると

門司城は、最初平知盛が源氏との合戦に備えて長門国目代紀井通資に築城させた1244年下総前司親房が平家残党鎮圧の下知奉行として、鎌倉幕府より豊前国代官職に任ぜられて下向
のち門司六郷と筑前国香椎院内などを拝領した
親房の子孫は地名により門司氏を称し、門司城を本城に領内に足立、吉志、若王子、三角山、金山の五支城を備えて一族が配置された
門司氏は、その後350年にわたって北九州の地に続いた
その間、南北朝時代には門司氏も両派に分かれ、当城には北朝方が拠り、一方南朝方は猿喰城に拠り、骨肉の争いもあった
室町時代になると、門司半島は豊後大友氏と大内氏、大内氏滅亡後は代わって毛利氏が争奪するところとなり、当城は渦中におかれた
ことに大友氏と毛利氏による永禄の門司城合戦は壮絶をきわめた
後太平記には「昔、源平両家此処にて軍せしも、時こそ替れ是にはよも勝らし」とその戦状を記している
その後、門司城は城主も入れ代わりながら続いたが、細川忠興の豊前入国後の1615年、一国一城令により、およそ400年におよぶ歴史をとじた

…とのこと


まずは、外観

普段よく見ているので、バッチリ押さえてる

どうだ 完璧!!



下関側からの状況



門司側からの状況

一番高い所が城跡



周辺の山に比べると小さいがなかなか険しい

傾斜もかなりのもの



城跡の下は、公園になっており駐車場もある

徒歩で10分弱だろう



門司城の案内



自動車も通れる路を登っていると、右手に古い階段がある

推測だが、脇道は門司城残存時代のものだと思う

まっすぐ登っても城跡に行けるが

脇道をあえて進む



倒木などあるが気にせず進む

脇道に入り100mほど進むと

明るくなってきた



もうすぐ、本丸だろう



本丸の周り

上が本丸跡




本丸側面の石垣跡





本丸跡の状況

広さは十分にある



石碑




これは砲台跡

明治時代に建設されたらしい



本丸跡から関門海峡を望む

毛利が海を渡るぞ

備えよ…


感想

山城では規模が小さいく、曲輪等の遺構がない

本丸側に石垣の一部を認めただけ


この門司城跡の山、何度も見てるが、現在公園になってる所に

二の丸、馬だし跡や屋敷など無かったのか、気になる


公園のある場所は、それらが余裕で建設ができるほど

スペースは十分

もし、下の画像の山(緑色)部分全体が城として機能していたなら

規模は壮大であるし、守りも堅固であったはず




では
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