【城・城跡4】岩屋城(跡)

  • 2014.12.20 Saturday
  • 13:49
2012年2月26日(日)くもり 【移動:マイカー】

岩屋城(いわやじょう)〔福岡県太宰府市 所在〕

のいの助評価:★★★★☆ 星四つ


大宰府観光協会HPから抜粋

 

豊後大友家の武将である高橋鑑種(あきたね)によって築城された山城

 
岩屋城は16世紀半に宝満山城の支城として豊後大友家の武将である高橋鑑種(あきたね)によって岩屋山に築城された山城

九州制覇を目指す薩摩島津氏が1586年に岩屋城を攻撃、5万の大軍に囲まれてしまい、篭城したが、奮闘むなしく豊臣秀吉の援軍が来る前に陥落

当時城主であった高橋紹運は自害、全員討死した

しかし、島津軍は岩屋城の攻略に時間が掛かりすぎたため後ほど撤退
岩屋城が島津軍の九州制覇を止めた形となった

....とのこと


私の好きな武将の一人

立花宗茂

の実父である高橋紹運が

760数名の家臣とともに討ち果てた場所


外観なし (ToT)

また、機会があったら行くので…今度…






道路の空地に自動車停めて

歩くこと数分

本丸跡到着





この石碑は、超有名だ

ああ そうれつ 岩屋城趾 

ここで、討死した方々の子孫が建てたのだとか…



本丸の様子

広くはない

眺めはよい

ということは…

ここに籠城した際には

島津軍の陣の様子も伺えたはず




眺めは良好♪

視界は悪し…

もっと景色が良ければ、宝満山の方もよく見えるのだが…



曲輪の様子

この曲輪でも多くの血が流れたに違いない



本丸の一番高いところに登ってみる

島津軍いざ!!

石垣跡か!?

分からない





本丸を降りて、二の丸へ

ここには高橋紹運と家臣のお墓がある

合掌


感想

岩屋城は、孤立した山にあるのではないので

大友軍と島津軍と対峙したとき、勢力の差から

不利とみるや

城を放棄し、戦線を離脱することは容易であったはず

でも、みんな玉砕した


ここに
高橋紹運の意地とプライドが出てしまった

そして、この根性が宗茂に引き継がれたんだろう

う〜ん


では


 
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